cocoon~ある夏の少女たちより~を見ましたので感想を書きます。
ネタバレがありますので、未視聴の方はご注意ください。
沖縄戦に着想
この作品、沖縄戦に着想を得た物語だそうです。なるほど確かに沖縄を感じさせるものが随所にあります。例えば中盤に出てくる町にある家々だとか、洞窟に野戦病院を作るだとか。一方で、沖縄や那覇などといった具体的な地名は一切出ず、登場人物は皆標準語を喋り、沖縄弁を使う人はいません。
蚕を意味するもの
この作品の特徴のひとつとして「蚕」があります。主人公が養蚕をする物語でもないのに、折に触れて蚕の話が出てくるのです。
蚕=少女たち
主人公サンは羽化するのに飛べない蚕に疑問を持ちます。そして担任教師にその疑問をぶつけました。するとその教師は「生糸を効率的に取るために品種改良を重ねた結果、蚕は飛べなくなってしまった」と発言します。
私には「飛べなくなった蚕=考えることをやめた少女たち」に思えてなりません。戦争の只中にあって、彼女らはただひたすらにお国のために働くことを要求されます。そこになんの疑問を抱くことも許されません。飛行能力を奪われ生糸を生み出すだけの蚕、思考停止し労働力としてのみ期待される少女たち、どこか相通ずるものがあります。
血を花で表現
この作品は戦争ものですから、負傷し出血する描写は避けられません。しかし血を花で表現する場面が多々見受けられます。最初私は「子供も見るかもしれないから、ぼかした表現にしたんだな」と思いました。しかし最終盤ではしっかりを血を表現しているので、この考えは間違いであることがわかりました。
ではあれは何かというと、マユがサンにかけたおまじないです。サンは戦争という現実に疲れてしまいました。そこでマユはおまじないをかけます。「ここには死体も兵隊もいない。みんな白い影法師。流れる血は色とりどりの花びら。想像してみて、私たちは雪空のような真っ白な繭に守られているって」。マユがかけたおまじないの通りに、血が花になったというわけです。
おまじないが解ける時
しかしおまじないが解ける時がやってきます。契機となったのは、逃げきれないと悟ったクラスメートたちが自決しようとした時に、サンだけは「自決しない。岬に行く」という決断をした時です。
それまでのサンは自分の考えを持っているにも関わらず、自信がなかったり、周りの声に押されたりして、ぐっと飲み込んでしまう、自分の考えを貫けないという場面が多々ありました。しかしことここに至って自分の考えを貫きます。サンの成長を感じさせるシーンです。
岬に向かうサンの目には、花ではなく、本物の血が見えていました。この時の彼女は想像ではなく、現実を直視していたのです。後の彼女自身の表現を借りるなら「繭が壊れて私は羽化した」というところでしょうか。想像に逃げていたサンは、現実を受容できるほどに精神的な成長を果たしたのです。サンにはもう繭は必要ない。そしてそれはマユの役目の終わりを意味します。繭とマユはつながっているのです。だからマユは敵の少年兵に撃たれて死んだのです。
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