どうする家康第43話を見ました。
ついに関ヶ原の戦いが描かれましたね。感想を書いて行こうと思います。
ネタバレを含むのでご注意ください。
したたかな小早川
従来の大河ドラマでは、小早川秀秋というと「気弱で優柔不断な人物」として描かれていました。しかし、「どうする家康」では正反対の「したたかな人物」として描かれています。
「どうする家康」の小早川秀秋は、家康と三成の書状を受け取り、両者を天秤にかけるようなことをします。そしてぎりぎりまで態度を明らかにしないのです。これはどちらに付くか迷っていて決められないのではなく、どちらに付くのが利があるか時間いっぱいまで見定めようという態度です。
一応西軍として関ヶ原に布陣しますが、戦いが始まっても秀秋は動きません。家康が動いたのを見て、「さすが戦巧者だ」と秀秋は言い、大谷吉継の部隊を強襲します。秀秋は東軍に付くと決めたのです。恐らく秀秋は、前に出てきた家康を見て、吉川広家が調略済みであること、東軍が勝つことを見抜いたのでしょう。
秀頼を戦に出したがる淀殿
小早川秀秋に加えて、淀殿も従来の大河ドラマとは違った描かれ方をされていました。従来の大河ドラマでは、諸将が秀頼が出れば士気が上がると訴えても、淀殿は秀頼を戦に出したがりませんでした。ところが「どうする家康」では、逆に戦に出したがるのです。毛利輝元は何とか淀殿を諫めて、時間を稼ごうとします。これでは立場が逆です。
淀殿は輝元に「機を見誤るなよ」と凄んだり、阿茶の局に「帰り道には気を付けよ」と笑顔で脅したり、西軍が負けると輝元に裏拳をかましたりと、まあ凄い。好戦的というべきか、凶暴というべきか、大坂の陣に向けて着々とレベルアップしているご様子。
このようにどうする家康は、脇役を今までにない新機軸で描いているのが面白い。まあ人によっては受け付けないというのもあるでしょうけれども、私は楽しんでいます。
戦乱を求める心
戦に敗れ囚われた三成は、家康と最後の対面をします。ここで「戦乱を求める心」というキーワードが出てきました。三成にも家康にもこの「戦乱を求める心」があったのです。戦国時代の武士ならば誰もが持っていたでしょう。戦で手柄を立て立身出世するのが武士の性だからです。
三成は戦ではなく話し合いで解決する世界を目指しながら、結局この「戦乱を求める心」に抗えず流されてしまいました。家康は戦無き世を目指しながら戦を起こすという矛盾を抱えながらも、前に進んでいきます。三成は考えることをやめてしまった人であり、家康は考え続ける人なのかもしれません。
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